マタイによる主イエス·キリストの受難 (マタイ27·11-54。長い形=マタイ26·14~27·66は省略) 3/29

❲そのとき、❳イエスは総督の前に立たれた。
総督がイエスに尋問した。
❲お前がユダヤ人の王なのか。❳
イエスは言われた。
「それは、あなたが言っていることです。」
祭司長たちや長老たちから訴えられている間、
これには何もお答えにならなかった。すると
ピラトは言った。
「あのようにお前に不利な証言をしているのに、聞こえないのか。」
それでも、どんな訴えにもお答えにならなかったので、総督は非常に不思議に思った。
ところで、祭りの度ごとに、総督は民衆の希望する囚人を一人釈放することにしていた。
そのころ、バラバ·イエスという評判の囚人がいた。ピラトは、人々が集まって来たときに言った。
「どちらを釈放してほしいのか。バラバ·イエスか。それともメシアといわれるイエスか。」
人々がイエスを引き渡したのは、ねたみのためだと分かっていたからである。一方、ピラトが裁判の席に着いているときに、妻から伝言があった。
「あの正しい人に関係しないでください。その人のことで、わたしは昨夜、夢で随分苦しめられました。」
しかし、祭司長たちや長老たちは、バラバを釈放して、イエスを死刑に処してもらうようにと群衆を説得した。そこで、総督が言った。
「二人のうち、どちらを釈放してほしいのか。」
人々は言った。
「バラバを。」
ピラトが言った。
「では、メシアといわれているイエスの方は、どうしたらよいか。」
皆は言った。
「十字架につけろ。」
ピラトは言った。
「いったいどんな悪事を働いたというのか。」
群衆はますます激しく叫び続けた。
「十字架につけろ。」
ピラトは、それ以上言っても無駄なばかりか、かえって騒動が起こりそうなのを見て、水を持って来させ、群衆の前で手を洗って言った。
「この人の血について、わたしには責任がない。お前たちの問題だ。」
民はこぞって答えた。
「その血の責任は、我々と子孫にある。」
そこで、ピラトはバラバを釈放し、イエスを鞭打ってから、十字架につけるために引き渡した。それから、総督の兵士たちは、イエスを総督官邸に連れて行き、部隊の全員をイエスの周りに集めた。そして、イエスの着ている物をはぎ取り、赤い外套を着せ、茨で冠を編んで頭に載せ、また、右手に葦の棒を持たせて、その前にひざまずき、侮辱して言った。
「ユダヤ人の王、万歳。」
また、唾を吐きかけ、葦の棒を取り上げて頭をたたき続けた。このようにイエスを侮辱したあげく、外套を脱がせて元の服を着せ、十字架につけるために引いて行った。兵士たちは出て行くと、シモンというキレネ人に出会ったので、イエスの十字架を無理に担がせた。そして、ゴルゴダという所、すなわち「されこうべの場所」に着くと、苦いものを混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはなめただけで、飲もうとされなかった。彼らはイエスを十字架につけると、くじを引いてその服を分け合い、そこに座って見張りをしていた。イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王イエスである」と書いた罪状書きを掲げた。折から、イエスと一緒に二人の強盗が、一人は右にもう一人は左に、十字架につけられていた。そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって、言った。
「神殿を打ち倒し、三日で建てる者、神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い。」
同じように、祭司長たちも律法学者たちや長老たちと一緒に、イエスを侮辱して言った。
「他人は救ったのに、自分は救えない。イスラエルの王だ。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。神に頼っているが、神の御心ならば、今すぐ救ってもらえ。『私は神の子だ』と言っていたのだから。」
一緒に十字架につけられた強盗たちも、同じようにイエスをののしった。さて、昼の十二時に、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。
「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」
これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。そこに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、
「この人はエリヤを呼んでいる」
と言う者もいた。そのうちの一人が、すぐに走り寄り、海綿を取って酸いぶどう酒を含ませ、葦の棒に付けて、イエスに飲ませようとした。ほかの人々は言った。
「待て、エリヤが彼を救いに来るかどうか、見ていよう。」
しかし、イエスは再び大声で叫び、息を引き取られた。
    (頭を下げて、しばらく沈黙のうちに祈る)
そのとき、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け、地震が起こり、岩が裂け、墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った。そして、イエスの復活の後、墓から出て来て、聖なる都に入り、多くの人々に現れた。百人隊長や一緒にイエスの見張りをしていた人たちは、地震やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、言った。
「本当に、この人は神の子だった。」

(財)日本聖書協会発行「聖書 新共同訳」(1999年版)による